年末の慌ただしい中ですが、どーしても気になって手塚治虫『シュマリ』講談社全集版全4巻を読みました。
デマ屋・古谷経衡が、こんなことを書いていたからです。
手塚治虫の『シュマリ』という漫画がある。北海道開拓時代の和人とアイヌを巡る壮大な歴史漫画だ。この中で「アイヌはこの土地の先住民で~」という台詞が頻出する。小林某は手塚が嘘を描いていたと言いたいのだろうか?漫画家としてどう思っているのだろう。まさか手塚を否定する漫画家はおるまい(笑)
— 古谷経衡@『愛国奴』『女政治家の通信簿』発売中 (@aniotahosyu) November 30, 2018
私が以前『シュマリ』を読んだのはもう20年以上前なんで、細部は忘れていたのですが、しかし、あの作品に「アイヌはこの土地の先住民で~」なんて台詞が頻出してたっけ? と思ったのです。
で、読んでみたら、驚いた。
頻出どころか、そんなセリフ、一回も出てきませんでした!
さすがに、呆れ果てた!!
古谷ツネヒラという男は、どんな嘘でも平然とつくのです!!!
考えてみれば、『シュマリ』にそんなセリフが出てくるはずがないのです。
あの作品の中では、アイヌの存在は登場人物の誰もが自明のものとして認識しており、「アイヌはこの土地の先住民で~」なんて、アイヌとは何者かを説明するようなセリフを必要とする場面が、そもそもありません。
しかも、『シュマリ』が描かれた当時は、アイヌが先住民か否か?なんて論争にもなっていなかったから、読者に向けてもわざわざそんなセリフをつくる必要もなかったのです。
それに、『シュマリ』は古谷の言うような「和人とアイヌをめぐる壮大な歴史漫画」ではありません。
本来、手塚はそういう漫画を構想していたのですが、ある事情でそれが描けなくなり、実際の作品は北海道開拓時代の和人同士の抗争と愛憎劇になってしまい、アイヌはわき役に一人登場する以外は、描写も中途半端で、ストーリーに絡む場面もかなり限定されています。
古谷デマヒラは、明らかに『シュマリ』を読んですらいません。
ただ手塚治虫にアイヌが出てくる『シュマリ』という作品があったなといううろ覚えの知識だけで、ありもしないセリフをでっち上げ、それが「頻出する」と言ったのです。
そして、手塚治虫の権威を笠に着て、自分の主張を正当化しようとしたのです。
こんなことが平気でできる、モラル完全崩壊の人間がいるとは思いませんでした。
もちろん、仮に『シュマリ』に「アイヌはこの土地の先住民で~」というセリフがあったとしても、これは学術書ではなくフィクションなのだから、何の問題もないわけですが、しかし、そんなセリフはないのです!
どこまで卑怯卑劣な…と腹が立ちかけましたが、その前に、この人、本当に、とことん救いようのない、想像を絶する、究極のバカなのだと確信して、怒る気持ちも失せて来ました。
だって、こんなの、調べりゃすぐわかることですよ?
あんなこと書いて、誰も確かめないと思ったんでしょうか?
ただ「手塚治虫」の名をあげて口から出まかせでハッタリかませば、漫画家だったら無条件でひれ伏すと、本気で思ったんでしょうか?
どうにも信じられないが、どうやら本気でそう思っていたようだから、まだまだ私も認識甘かった。
言論の自由は尊重されるべきではあるが、デマを飛ばす自由があってはいけません。
デマを飛ばすことに一切の躊躇を感じない、モラルが完全に崩壊した人間に、言論をする資格を与えてはいけないのです。
こんな人間を言論人扱いして、表現の場を与えたり協力したりする者の罪は、極めて重いと知るべきです。